生きる力を養うピラミッドメソッド② 「“愛着の絆” が基盤」
母親と赤ちゃんの愛着の絆
皆さんは「愛着の絆」という言葉から、何を思い出されますか? 子育てや教育の世界では、まず両親、特に母親を思い出されることが多いようです。
新生児は、自らの命を守る術すべを持っていません。母親はそのかけがえのない尊い命を守るために、赤ちゃんの身体を清潔に保ち、心地よい睡眠環境を作り、充分な栄養を与え、生きることのサポートをします。これらは、命を守る環境を用意するという物理的なことと同時に、「生きるためのリズム=時間」を整えてやることでもあります。赤ちゃんは日々成長し、変化するので、母親は、赤ちゃんをよく観察し、対応も柔軟に変化させます。そうしながら、赤ちゃんからの反応に手ごたえを感じ、愛情を深め、愛着の絆を強くしていくのです。
一方、赤ちゃんは、満腹にし、清潔にし、睡眠をとらせてくれる人、困ったときに助けに来てくれる人……。こんな人の存在を五感を通して繰り返し実感し、この人は安全と安心感を与えてくれる人、この人がいると私は私でいることができると感じます。こうして人との間に愛着の絆が結ばれることによって、赤ちゃんは「人への愛着」はもちろん「自分への信頼=自己充足感、肯定感」をも持つようになります。そしてそれが、「他者への信頼感」へと繋つながっていくのです。
園での愛着の絆
ところで、保育の現場では、この愛着の絆は必要なのでしょうか? 四月、入園・進級の時、多くの保育者は、「今日から先生が園のお母さんだからね」と、子どもたちに語りかけます。幼い子どもにとって、園は「昼間の家」になるからです。しかしそこは慣れ親しんだ家とは勝手が随分勝手が違います。「どこにいればいいの?」「かばんはどこに置くの?」「これは触っていいの?」「今から何をするの?」「困ったら誰が助けてくれるの?」……。子どもは「私のお母さんはどこ〜!」と探し求めるような気持ちになります。その時に、すべての子どもたちに必要なのは、〝私の存在を認め、私の居場所を作り、私の行動を見守り、手助けしてくれる人=園のお母さん=保育者〞なのです。
園では、〝子どもと保育者との愛着の絆〞がしっかりと作られるとともに、園で行われることのすべてが愛着の絆に包まれていることが大切です。
「WELCOME」プログラム
園が「昼間の家」になるためには、まず、子どもが安全・安心を感じられるような時間と空間を作り出すことが大事です。そのため、入園・進級の時に保育者は「WELCOME」プログラムと称し、子どもたちに保育室や園の中で過ごすための秩序やルールを、充分時間をかけて(一ヶ月ほど)知らせます。「約束を教えこむ」のではなく、「WELCOME=ようこそ!仲良くしよう! これからあなたが過ごすこの園を紹介するね」。そんな気持ちで子どもたちに接します。
保育者は遊びやお話を使い、楽しみながら子どもたちに秩序やルールを丁寧に知らせていきますが、もちろんたった一ヶ月で完璧にはなりません。入園の時期に、まずは丁寧に知らせ、それから一年間(三年間)の日常の中で、一人ひとり違って当然の理解度に合わせ、秩序やルールを知らせていきます。これが保育者の大事な仕事の一つなのです。
秩序やルールは、大人の指示通りに動かしたり、強制・制限するためのものではありません。子どもたち自身が秩序やルールを知っていることで、安全な居場所と、安心して自分を表現できる心の安定が保障されます。そして、それが子どもの主体性を導き出し、自立・自律には欠かせない土台となるのです。
次回は、今回お話しした秩序やルールが息づいている環境=「保育室のデザイン」に視点を向けてみます。
掲載:福音社『サインズ オブ タイムス』2012年8月号 筆者:宍戸信子