生きる力を養うピラミッドメソッド① 「子どもの幸せってなんでしょう」

オランダの保育に出会って
私が初めてオランダの保育に出会ったのは、今のように「世界で一番子どもが幸せな国はオランダ」(2007年ユニセフWell-being調査)だと知られていなかった、十年ほど前のことです。その時、見学させていただいた保育室で、私はこんな保育と子どもの姿を目の当たりにしました。
・ 登園前の保育室はいくつもの小スペースに区切られ、それぞれに違う遊びが丁寧に用意されています。
・ 登園時、お母さんとあれこれ話しながら保育室を探索。その後お互いに〝さよなら〞を言って別れる子どもがいます。
・ 子どもそれぞれがやりたいことを見つけ、選択して遊びだします。
・ イキイキと遊んでいる声は聞こえるものの、騒がしくありません。
・ 何がどこにあってどう片付けるのかが、誰にでもわかります。
・ 「手助けして欲しいこと」を先生に自分の言葉で言えます。
・ 先生の「全員に指示する声」がありません。
・ 子どもも先生も、相手のそばに行って話しかけます。
・ 子どもは「指示を待つ」ことなく、登園後の自由遊び↓サークルタイム↓したい遊びを見つけて遊ぶ(途中でお手洗いに行くなど)↓食事…という活動を、まるで時間が見えているかのように無理なく穏やかにゆったりと展開していきます。
 子どもが主体的に判断して自然に活動しているという雰囲気と、先生がつかず離れずの距離で作り出す愛情のある秩序感は、その場に初めて身を置く私にも心地よいものでした。

ピラミッドメソッドとは?
 さて、この居心地のいい園で実践されていたのは、「ピラミッドメソッド」です。ピラミッドと言っても〝エジプトのピラミッドパワー〞のことではありません。オランダの教育心理学博士フォン・カルク氏が開発し、Cチトito(旧オランダ政府教育機構・一九九九年に民営化)が二十一世紀型の幼児教育カリキュラムとし、全オランダ国内に提唱したメソッドです。
 カルク博士は、多くの教育・心理学などの理論を考察し、関連づけ、豊かな理論背景を作り上げるだけでなく、誰もがよりよく理解して実践につなげられるためには「理論と実践の関係」を具体的に見てわかるようにすることが必要と考え、それを四角錐すい=ピラミッド型にデザイン(整理)して表し、「ピラミッドメソッド」と名づけられました。

ピラミッドを上から見てみますと正方形です。これを四分割し、「保育者の主体性」「子どもの主体性」「寄り添う=Nearness」「距離をおく=Distance」という基礎概念〝四つの基礎石〞として表しています。大変重要な概念です(上図・左)。
 そのピラミッドを横から見てみますと三角形ですが、これを、「おとなが関わる手助けの量・介入度」と「子どもが関わる主体性の量・自由度」ということにおいて三段階に分け、実践のあり方を表しています(上図・右)。
 また、このピラミッドを作っている〝材料〞は、「寄り添う=アタッチメント理論」、「距離をおく=ディスタンシング理論」がベースになっています。さらに「三つの能力=身体能力・情緒能力・認知能力」という理論と、それを具体的に「遊びと学びの保育環境に欠かせない八つの発達領域」とに整理し、バランスよく配合しています。
 これだけを読むと、なんだか理論が複雑そう……、と思ってしまいますよね。でもメソッドを紐ひ も解き始めてみると、理論を生かすための豊かな実践が展開されていることがわかり、保育者も安心して子どもと向き合い、保育の質を高めることができるようになっていきます。そして保育者が困ったときには、ややもすれ
ば見失いがちな「保育の意味=理論」にきちんと戻ることができるのです。

世界一幸せな子どもを育てる
 カルク博士は「良き実践は良き理論から」とよくおっしゃいますが、だんだんその意味がわかってきました。豊かな理論に基づいたきめ細やかな実践がなされていたからこそ、あの保育室では、実にイキイキと子どもが遊び、先生はゆったりと子どもと関わり、充分な愛情の絆の元に、子どもに最も大切な〝ひとりひとりに最適な発達〞が保障される保育がなされていた……。そして今、その国オランダの子どもが「世界で一番幸せ」だといわれているのです。
 これから半年間、オランダの子どもの幸せ感は何から生まれたか? 子どもの幸せとは何か? を、ピラミッドメソッドを通して皆さんとともに考えたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

掲載:福音社『サインズ オブ タイムス』2012年7月号 筆者:宍戸信子