生きる力を養うピラミッドメソッド③ 「子どもの主体性を育てる “豊かな保育環境” 」

自己選択・自己決断の基盤を作る幼児期には、保育室をどのようにデザインすればよいのでしょうか?

子どもが主体的に過ごせる空間
「急に保育を任されてもこの部屋なら大丈夫」。こう言い切るには語弊があるかもしれませんが、整えられた保育室にはそんな思いにさせる力があります。
 では、どのようにされているのかというと、

* 遊んだおもちゃの片付け場所がわかる(秩序の可視化)
* 今日一日の時間の流れがわかる(時間の可視化)
* 手洗いなど生活習慣の方法がわかる(習慣の可視化)
* どんなおもちゃで遊ぶと何が経験できるのかわかる(物の準備)
* 用意したスペースではどんな遊びができるのかわかる(スペースの準備)
* 今月はどんなテーマで遊んでいるかわかる(テーマの展開)

というように、保育室での生活のルールや時間の流れの大体のことが「見てわかる」ようになっています。
 部屋の住人である子どもたちの中に、「次は何をするの?」「今日は何して遊ぶの?」などと言って保育士の指示を待つだけの子どもはほとんどいません。子どもは自分の目で部屋を見て確認しながら一日の活動を始めます。これが整えられた保育室の力です。子どもが自然に「何をしたいのか」「どこに行けばいいのか」「どうしたらいいのか」を自己選択・自己決定できる、主体的に過ごせる空間なのです。

主体的に活動できる棚置き方法
時間の流れが見えるカード

一人ひとりの発達を支える
 このように整えられた保育室のことを〝デザインされた保育室〞と呼びます。デザインするとは部屋を飾り立てるのではなく、保育の本来の目的のために部屋を整えてわかりやすくすることをいいます。
 イラストをご覧ください。子どもたちは各々遊びを選択して、保育室のあちこちで遊び始めています。保育者はクラスの子どもたちの発達や興味・関心をよく知っていて、子どもたちがワクワクできるように〝難しすぎず簡単すぎない〞遊びを、子どもたちが登園するまでに入念に準備します。
 子どもたちが安心し、楽しいと実感できる(ニアネス=寄り添う)遊びをたっぷり用意します。一人ひとり発達の違う子どもたちが、各々〝これできる!〞〝楽しい〞〝遊びたい〞と思えることが一番大切です。そして、それが「足場」になるからこそ、自然に少し難しいことにもチャレンジし、世界や可能性を広げる(ディスタンス=距離をおく)仕掛けをしておくと、子どもたちが自分自身の成長を実感し、自信=自己肯定感を持ちます。デザインされた保育室で遊ぶことは、子どもたちに最も大切な〝一人ひとりに最適な発達〞が保障されるのです。

発達領域をきちんと整える
先に「保育者がクラスの子どもの発達や興味・関心をよく知っていて」と書きましたが、ここには大切なピラミッドメソッドの理論が生かされなければなりません。
それは「三つの能力=身体能力・情緒能力・認知能力」と、それを具体的にした「遊びと学びの保育環境に欠かせない八つの発達領域」(左図)が園という空間にもれなく存在しているかどうか、ということです。
このことに充分に配慮して保育室・園を準備する=保育の土台を作ること、これは保育者にとって欠かせない大事な仕事です。

育てたいのは「子ども自身の主体性」
 しかし、忘れていけないのは、この保育室で育てたいのは「子どもの主体性」だということです。子どもが遊びを選択し、自ら遊びを展開し、問題を解決しようとする……。この時「子どもの主体性」は最大となります。もし子どもから「手伝ってほしい」と手助けを求めてきたり、遊びが混乱し始め手助けが必要だと判断(=保育者の主体性)したら、必要な量の手助け(ニアネス)をし、子どもだけで遊べるようになってきたらそっと離れます(ディスタンス)。この距離感こそが、保育環境を整えた上で保育者が身につけたい意識であり技術です。
 保育者に指図され一斉に動かされるのではなく、子どもが主体的に遊びに関わるからこそ発達領域に基づいて保育室に用意された遊びの内容が、子どもの学びをも刺激するのです。


掲載:福音社『サインズ オブ タイムス』2012年9月号 筆者:宍戸信子